9月16日より幕張メッセで始まった東京ゲームショウ2010のビジネスデーの特設ステージで、 17日午後に一風変わった企画が行われた。コスプレカンファレンスと名づけられたシンポジウム 形式のイベントで、「コスプレとゲームの新しい関係」をテーマにコスプレ関係者が語るものである。 壇上にはコスプレ専門誌の編集長として、長年コスプレを関わってきた大門太朗さん、 世界最大のコスプレコミュニティサイト cosplay.comのアジアエリア担当マネジャーで自身も コスプレを楽しむジャッキー道斎さん、コナミデジタルエンタテインメント小島プロダクション 広報担当の山本さやかさんが登壇した。モデレーターの高橋信之さんの司会により、 現在のコスプレの状況とゲームとコスプレの関係の変化を紹介した。 高橋信之さんは、今回東京ゲームショウの中でこれまでになくコスプレを大きく取り上げた 理由についてインタラクティブ性を挙げる。作品の中に登場するキャラクターを演じることは、 作品を受け取り、それをもう一度発信するインタラクティブな行為なのだという。それは ゲームの持つインタラクティブなエンタテイメントと共通すると述べる。 より身近なところでは、コスプレイヤーがコスプレに選ぶキャラクターがゲームから選ばれる ケースが増えているということもある。大門太朗さんによれば、現在のコスプレのキャラクターは、 ゲームからが一番多く、その全体での比率はアニメとマンガを足したものと同じぐらいでは ないかという。 ステージの後半は、最新のコスプレ事情の紹介に移った。まず、東京大学のダンスグループが コスプレ姿で踊るまるきゅうプロジェクトを披露。メンバーは思い思いのコスプレで、 ボーカロイドによる楽曲と合わせてパーフォーマンスを繰り広げる。 続いて海外から来日したコスプレイヤーが、そのコスプレ姿を披露した。ドイツから訪れた ヒズエさんは、東京ゲーム2010のイメージキャラクターを演ずる。そして、米国からの アデラさんはソウルキャリバーソフィーティア、台湾出身の琉架さんはミク頭巾の衣装である。 いずれも世界トップクラスのコスプレということで、その完成度の高さに驚かされた。 コスプレは、またポップカルチャーを通じた国際交流の場でも大きな役割が期待されて いるようだ。ヒズエさんは「日本のコスプレ文化にはカメラマンが多いですね」と、 アデラさんは「アメリカのコスプレはホテルで着替えをするんです」と国ごとやや異なる コスプレカルチャーを紹介した。 今回のパネリストの一人であったジャッキー道斎さんに、コスプレと東京ゲームショウとの 関係について伺ってみた。 「一昔前のゲームショウでは、コスプレは必ずしもウェルカムではなかった。こうした企画として 取り上げられることで、コスプレが文化として認めらる様になって来たと感じる。それは コスプレのレベルが上がっていることも理由かもしれない」とコスプレ文化の受け取られかたの 変化を指摘する。 さらに「一方で、コスプレに広告効果の様なものも期待されているかもしれない。一部の 企業は、キャラクターのコスプレをして貰えるか意識していることもあるようだ」と話す。 アニメ!アニメ!(一部略)
http://deai-town.com/tokyo/
2011年10月09日
【海外】ルー・リード、「スーザン・ボイルを泣かせちゃいない」・・・曲が使えなかったのは好き嫌いの問題ではなく、権利の問題
ルー・リードが曲の使用を認めず、スーザン・ボイルを泣かせたとの報道があったが、 ルー・リード側はそれは事実と違うと否定した。 タブロイド紙は、ボイルは彼女のデビューのきっかけとなった『Britain's Got Talent』のアメリカ版 『America's Got Talent』に出演し100人のコーラスをバックにルー・リードの「Perfect Day」を歌う予定だったが、 ルー・リードは「彼女のファンじゃない」からと理由により曲の使用を許可しなかったと伝えていた。 すっかり悪者にされてしまったルー・リードだが、彼の代理人は、曲が使えなかったのは好き嫌いの問題ではなく、 権利の問題だったとニュース番組『Access Hollywood』に釈明している。 曲の使用権利は英国ではクリアになっているものの、アメリカでは認められていなかったという。 理由はなんであれ、「Perfect Day」を歌えないことが明らかになったスーザン・ボイルは、 ほかのトラックを歌うというオプションを断り英国へ戻ってしまったと伝えられている。 ルー・リードの2枚目のソロ・アルバム『Transformer』(1972年)に収録された「Perfect Day」は、 1997年に本人をはじめデヴィッド・ボウイ、ボノ、エルトン・ジョンなどが参加し、 チャリティ・シングルとしてリリースされヒットしたほか、 これまでにデュラン・デュラン、パティ・スミスらがカヴァーしている。 Ako Suzuki, London ソース:BARKS ニュース 関連ニュース 【海外】スーザン・ボイル、ルー・リードから「パーフェクト・デイ」を歌う許可がもらえず涙でイギリスに帰国
2011年10月06日
【中国】「賠償訴訟大国」に警戒せよ 校舎の床が滑りやすいから賠償請求、転倒した老婆を助けたら老婆から賠償請求[09/09]
【石平のChina Watch】「賠償訴訟大国」に警戒せよ 8月の中国新聞各紙の社会面を眺めていると、奇々怪々な「賠償請求訴訟事件」のニュースが目立つ。 北京市石景山区で、ある男の愛人となった女性は、男が自分のために購入した化粧品を男の正妻に 「掠(かす)められた」として、この正妻に2万元の「損害賠償」を求める訴訟を起こした。湖北省黄石市では、 夫が外で遊んでいて家に帰ってこないから夜の独り寝を余儀なくされた妻が、夫を相手に「独り寝損害賠償訴訟」 を起こしたことが話題となっている。 浙江省寧波市。女の子が宿泊したホテルで自殺した後、彼女の死に「責任がある」として遺族から賠償請求 訴訟を起こされたのは、なんとホテルの方である。 広東省中山市。車に軽くぶつかった女性が運転手に法外な賠償請求を突きつけたが、その理由は驚くべきこと に「処女膜が事故で破損したこと」であった。 華北部の某都市で、専門学校の生徒が校内で転倒して負傷した後、「校舎の床が滑りやすいから」といって 学校に莫大(ばくだい)な賠償を要求した。西南地域の重慶市では、自分で転倒して負傷した老女がバスに乗り 込み、乗車中に転倒したふりをして、バス会社に賠償を求めた事件も起きている。 それらの珍事件の数々を見ていると、今の中国人たちが、賠償請求訴訟を起こすのに、いかに「熱心」であるか がよく分かる。何かある度に、正当な理由があってもなくても、とにかく誰かをつかまえて「賠償をよこせ」と迫るのが 一種の流行とさえなっている。愛人が正妻を訴えるこっけいさや、ホテルが宿泊客の自殺で賠償を要求されるような 理不尽さもそこから出ている。 こうした現象はある意味では、中国における社会的進歩の一つである。かつて毛沢東時代には、国民が生命や 権利のすべてを奪われても文句の一つも言えなかったのだが、今、国民の一人一人が個人的権利を強く主張して それを守り通そうとしている。この風潮がいずれ、国民一般の普遍的権利を求める社会運動に発展すれば、民主 化への道が開かれる可能性もある。 しかしその半面、自己権利意識の肥大化が現代中国人特有の強欲さと相まって、理不尽な「賠償請求訴訟」 の氾濫(はんらん)を招き、徹底的な人間不信の社会を作り上げている。 2006年11月、南京市内のバス停留所で転倒した老女を助けた彭宇さんという若者が逆に老女から「損害 賠償」を求められた事件が発生して以来、街角で誰かが倒れていてもそれを無視して通り過ぎていくというのが 中国人の常識となっている。共同体としての中国社会は、すでに崩壊寸前である。 われわれが警戒すべきなのは、こうした中国流の「賠償請求訴訟」の矛先が日本に向けられてくることである。 いわば「慰安婦賠償」や「強制労働賠償」のたぐいもそうであるが、直近の事例でいうと、今年の8月15日、戦時 中に日本に連行されたと称する中国の「強制労働者団体」が日本の菅直人首相に書簡を送って「対日賠償訴 訟を徹底的に行う」と宣言している。 この手の訴訟に対して、日本は完全拒否の姿勢を貫くべきであろう。一歩でも譲れば、バスで転げたふりをした 重慶の老女と同類の「自称被害者」やその子孫たちが、法外な「賠償」を求めて次から次へと日本に押し寄せて くるような光景が目の前の現実となろう。 中国との経済的交流・人的交流がますます盛んとなっている今、日本の企業や個人はまた、中国人たちの強欲 な「賠償請求」の餌食にならないよう、十分に気をつけるべきであろう。 【プロフィル】石平 せき・へい 1962年中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。88年来日し、神戸大学大学院文化学研究 科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。『謀略家たちの中国』など著書多数。平成19年、 日本国籍を取得。

